「天才と発達障害」岩波 明著 2019年9月13日 吉澤有介

 文春新書、20194月刊  著者は、東京大学医学部卒の精神科医で、都立松沢病院、東大助教授、埼玉医科大学准教授を経て、現在は昭和大学医学部精神医学講座主任教授で、多くの著書があります。

 本書では、古今の著名な天才が紹介されていますが、彼らの生涯は、一瞬で世の中を変える異能の存在として現れ、そして一瞬のうちに消え去る、トリックスターのイメージと重なります。しかし彼らは、決して別世界の住民ではなく、ごく普通に私たちの近くで生まれました。ただ真の天才は、単にテストの成績が良いとか、知能指数が高い優等生とは全くの別物で、彼らは不穏分子なのです。彼らの言動は、常識からかけ離れているので、一般的な社会生活になじめず、周囲からは扱いにくい危険な異物として排除されてしまいます。それは、彼ら天才の能力が多くの場合、何らかの発達障害や精神疾患と結びついていたからでした。

 歴史に残る何かを成し遂げた人や、大きく世の中を変えた天才たちは、どこか尋常ではありません。過剰な集中力があるかと思えば、極端にずぼらだったりします。好奇心が強く、大胆なのに反抗的で、常識にとらわれない独自のやり方で物事に取り組み、リスクや冒険を好みます。それは心理学の、「マインド・ワンダリング」に近い。つまり現在の課題から注意が逸れて、全く無関係な思考が駆け巡るのです。授業中に別のことに気をとられることは誰でも経験があるでしょう。この拡散的思考が創造性を引き出すのです。その対極が収束的思考です。既知の情報から論理的推論で正解に到達するので、特別の能力はいりません。

 ところが最近、このマインド・ワンダリングが、うつ病や強迫性障害、とくにADHD(注意欠如多動性障害)と関連が大きいとする報告が増えてきました。ADHDは、常に頭が働いて考え事が一杯で、その複数の思考が制御できない思考様式です。逆にいえば、「計画性がない」は「柔軟である」に、「指示に従わない」は「自立している」となります。その好例が、野口英世と南方熊楠でした。過剰なまでの集中力、衝動的な浪費癖、生活力の欠如がみられます。それでいて「ネイチャー」掲載論文の日本人トップは、今なお熊楠なのです。

 モーツアルトは、ひどく熱中するか、物ぐさであるかのどちらかで、中庸はなかったそうです。賭け事で借金を重ね、衝動的で落ち着きがなく、周りの人の反感を買っていました。

ASD(自閉症スペクトラム)の特性も兼ねていたようです。ASDは、発達障害の代表的疾患です。対人関係が不得手で、空気が読めません。特定の事柄へのこだわりが強いのが特徴です。また特異な才能を発揮することがあります。その一つが、「サヴァン症候群」で男性に多く、「音楽」、「カレンダー計算」、「数学」、「美術」、「機械的・空間的能力」という特定領域で、天才的能力を発揮します。山下清がそうでした。放浪中には一枚もスケッチもメモとらずに、施設に帰った数か月後でも、克明に細部まで記憶して作品にしていました。

 統合失調症も創造性に関連があり、初期に「妄想気分」という、ASDによく似た症状が現れます。アメリカの数学者ナッシュは、典型的な統合失調症とされてきましたが、ASDだったと考えられます。長期の療養の結果ほぼ完全に治癒しました。ASDなら治るのです。

日本の学校は、才能ある発達障害をいじめの対象として、排除してはいないでしょうか。了

 

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